施設長あいさつ 平成23年春

施設長 山倉慎二

東北大震災で被災された方にお見舞い申し上げるとともに、現地で復興に当たり、ご活躍されている方々に心より敬意を表します。また原発事故の現場で命を掛けて復旧作業に当たられている方には本当に頭が下がります。ただただ健康で一日も早く危険な作業が終わることを祈るばかりです。

今回の大震災で私たちは、災害の恐ろしさを改めて思い知らされました。その上、電力不足や放射能汚染の問題など、これまでに経験したことのない大きな試練に立ち向かわねばならなくなりました。災害時はこうなるだろう、こうすればよいであろうという想定もことごとく覆されてしまいました。地震よりもその後に来る津波の方がはるかに恐ろしいものであること、災害後も場合によっては数日経っても何の支援も得られない可能性があること、原発の安全神話など所詮人間の考えた幻想でしかないことを知りました。そして水道、電気、ガスなどのライフライン、日々の食事や居住空間、当たり前だと思っていた生活が、実は多くの人の努力や協力の上に成り立っていたことを再認識させられました。

重症児者の生活はまさに多くの人の支えの中にあります。生活支援員や看護師、訓練士に調理師、さらには事務、清掃、洗濯など、生活のありとあらゆる場面において支援を必要とします。しかし、私たちがそうであるように、重症児者は一方的に支えられて生きているわけではありません。重症児者一人ひとりの人生の中で、彼らは立派な主人公であり、社会の中で自立して生きているのです。重症児者の自立とは何か、よく問われるテーマです。私は、重症児者の自立とは社会の一員として認められることだと考えています。言葉を発せず、自己主張に乏しい彼らは社会から見過ごされがちです。この世に生を受けて、その存在が誰からも気づかれていないとしたら、それは社会の一員として認められているとは言わないでしょう。

先日、つばさ静岡で愛知教育大学の増田教授の講演がありました。その中で「重症児者が語っていないのではなく、私たちが聞く耳を持っていないのだ」と、「彼らとコミュニケーションが取れないとしたら、それは私たち施設職員の職務怠慢だ」と戒められました。私たちは、彼らの発する声なき声にしっかりと耳を傾け、彼らの主体性を、そして社会の一員としての存在を大切にしなければなりません。

さて東海沖で大地震が起こると言われて久しいのですが、今回のことでよくわかったのは結局のところ地震がいつどこに起こるのか、正確に予知することなどできないということです。おそらく日本のどこにいても地震から免れることはできないでしょう。地震の心配ばかりをして毎日暗澹とした気持ちで過ごしても、明るく楽しく人生を謳歌していても、時間は同じように流れて行き、地震が起きるときには起きるということです。それならば、私たちは与えられている日々の生活に感謝しながら、その日その日を明るく前向きに生きるべきでしょう。

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